『昆虫列車』とは、昭和12年に水上不二が主宰し、まど・みちおや米山愛紫らと創刊した同人誌です。昆虫列車のスタートが第1集である『昆虫列車』であり創刊号です。
『昆虫列車』の概要を知るためには、『昆虫列車』第1集p3とp12『昆虫列車点描』、最終裏表紙『工房日録』に記載された内容を見る必要があります。
昆虫列車第1集 p3
昆虫列車は先学北原白秋先生の童謡精神に出発する。
昆虫列車は児童の真実に詩学し、大乗的に作品してもって世代を新に劃線すべく創意し勇猛する。
昆虫列車は児童の心理及び生理的現存に軌道し、高次の統一と拡充へいよいよに推進せしむべく。強靱に果敢に工程する。
昆虫列車は児童文化の高揚を目標し、たくましい実践と行動とに終始する。匍(ほ)匐(ふく)と飛翔とは時と所とにおいておのずからに行う。
昆虫列車は健全なる特性を開顕し、稟(ひん)性(せい)を十方に香気する。
昆虫列車は星雲の幽玄に叡智し、白日の光耀(こうよう)に弾道する。
昆虫列車第1集 p12『昆虫列車点描』
創刊
「存在することは異なることだ」と、レミ・ド・グルモンはいう。これはわれわれが生活し芸術する場合に限らず、他のいかなる事柄にも通ずる至言だ。
昆虫列車(ルビ)の創刊なのだ。A誌の復刊でもB誌の再刊でもない。ましてXYZ誌の続刊などであろうはずはもちろんない。再言する、昆虫列車(ルビ)の創刊なのだ。この事実は厳しい。おもうに、この解りきったことが真に理解し体得されないところに、創意が貧困し、実現が脆弱(ぜいじゃく)するのだ。
矯激(きょうげき)な数奇に走れというのではない。厳粛に異を樹(た)てることだ。存在をうちに主張することだ。新しく生まれるものの意義と使命とは、かかって概ねここに存する。すなわち、新生面の開拓をこそ謙虚に衿持してよく、歴史や伝統への敬虔(けいけん)と従順をこれと混同すべきではあるまい。いうべくんば、荒蕪(こうぶ)の荊棘(けいきょく)へ更に一歩を進めるの気魄(きはく)と熱情がなくして、模倣以外の何の実践があり、追随以上の何の行動があり得よう。無限軌道への飽くことを知らぬ果敢と勇猛こそは微笑されよう。停滞や屈従は、先行の光栄と業績に対する汚辱をしか結果しないのだ。
ただ、行動には守るべき秩序があり、実践にはおのずからなる段階がある。ローマは一日にしてならないのだ。行くべき道に私たちは決して忠信し精励する。
まして、先学北原白秋先生が示しかつ果たされた童謡の道に殉じて、かつての日、乳樹(ルビ)が高揚した指導性を明日に獲得するーこれがなくては創刊の意味をおよそ喪失するであろうーことは容易の業ではなく、それには雲のごとき新人の輩出と、煉獄(れんごく)の試練とを絶対的に必要する。
大乗的に作品することを詩学の一つにもつわたくしたちではあるが、児童の真実の軌道して世代を新たに劃線(かくせん)しようとあるからには、童謡を再び詩へ突落すほどの痛烈な操作もあるいは試みられてよく、表皮的に観念的に子供を扱うことは、真実を求める心の懈怠(けだい)であり安易行であることをも併せて三思せねばならない。
わたくしたちは童謡が本質するものに身を以てあたり、すべての子供に偏在する詩の鉱脈へ掘り下げていかねばならない。不退転こそ至法だ。そうして、良心と意欲とにおいて渾然するものをおくって。歌謡の混乱から子供を脱出させることを当面の現実としてもたねばならない。この責務がわたくしたちの上に重大にあることを、創刊にあたって深く感懐する。気に負うて破ろうとは思わない。わたくしたちはひたぶるに詩魂を磨き、いよいよに実作する。子供の今日と明日のために全身全霊を以て歌う。
童魚
童謡詩壇にその存在を光輝した童魚(ルビ)は、それ自体のもつ理由と矜持(きょうじ)とによって潔く柊刊した。九号の刊行数を必ずしも多いとはしない。その社会的行為において十分に果敢であったとあるいはいえないかも知れない。が、謡と曲と踊の三位一体を目標し、その総合純化へ実践した功は永く記憶され、賞賛されていい。
つまりは童謡運動の第二行程を意欲し、敢然したのだ。象牙の塔から出て、少くとも同人誌における未墾の地へ第一の鍬をおろしたのだ。そうして蒔かれた種子が諸方の誌面に音律の五線を萌芽し、躍動の描線を開花している。この現実は正視されねばならぬ。
これらの風景を単なる模倣と見るのは早計であり。安易な追随と断ずるのは思わざるの甚だしいものであろう。すなわち、童魚が随所に繁殖し遊泳している事実は、進んでいく文化形態が必然すべき一様式と目さるべきものであるからだ。
同人の席に末座したことの因由によって、あえて実相を歪曲する私とは思わない。その運動に共鳴もし共感もしたからこその共動なのであった。私はうちに厳粛する。
止まれ、童魚(ルビ)は柊刊した。が、童魚(ルビ)は不死であり、その業績は永遠に生きて動いて拡がるのだ。
昆虫列車裏表紙「工房日録」
□水上不二
・昆虫列車は出発する。白日はすでに輝き、香雲はすでにあがった。 道は煙霞の彼方にあって、うちに限りなく揺曳する。
・様相の困窮と、児童の至児童性との疎遠はあつく客観される。が、初発であるこの第一集において、必要以上に盛装を思い、実存以外に光輝を求めることを、私たちはしなかった。むしろ、大きな未知数ーXを投するになお不足するもの多いことを忸怩し、責を後日に感するものが痛切にある。
・が、真実は私たちにおいて偽らない。航空便が飛翔し、電波が交流した結果は、よい原稿の多くをストックさせた。次集の五月は、あるいは二十八頁をもつに至るであろう。
・上海を中心にした支那風景の忠実な写生であり写意である米山愛紫氏の「旗の林」を特集した。 大半は「コドモノクニ」その他において北原白秋先生により選奨され、十方に光輝した国際色である。この展覧は鑑賞にも別種が生じて、既知未知の目に親和されよう。大陸民族の哀歓が、素朴にしてしかも香気ある表現のうちに陰影し交響するこのサロンは、十分に寛がれてよい。ー二集にはまど・みちを氏の台湾、真田亀久代氏の朝鮮が待陣する。士気はいよいよ旺盛である。
・隣人の作品は相当数にあがったが、森氏の練達と上原氏ほか二三の素質的なよさを外にすれば概して佳作に乏しく、選考をはなはだ寛にした。これは昆虫列車の精神や風色が明確に把握されなかったことに因由の多くはあろうが一般に安易に過ぎはしないか。野心的な意欲と飛躍こそは望ましい。
・私たちの作品に曲を賜った平岡次郎、本田鐵磨、深澤一郎三氏の御理解と御共感に深甚の謝意を表し、その芸術に低頭する。
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