両国 水上不二
風(かぜ)に桔梗(ききよう)の絵帷子(えかたびら)、
けさの飛脚(ひきやく)でとどき候(そろ)。
産土(うぶすな)様のお守札(もりふだ)、
棚(たな)にまつつて拝(をが)み候(そろ)。
江戸(えど)は両国(りやうごく)、川(かは)びらき、
ところてんなど食べて候。
とてもみごとな揚花火(あげはなび)、
玉(たま)や鍵(かぎ)やとよんで候。
きのふ習(なら)つた千字文(せんじもん)、
ほめられて候、おくり候。
隔王版 両国の話 水上不二
「両国」つていふと、白秋先生のお話にある「風の兜の国技館」を、Lちやんはすぐにも思ひだすだらう。が、これはお相撲のぢやない、花火の頃のだ。読んでみるか。ひどい出来だよ。――いやむずかしさうな言葉が一つ二つあつてもいい。教科書やいろんな本を読むやうに何回も読むのだ。さうらね。これは昔の両国で、これをうたっている人はどんな人か。どんな気持ちかといふ事も、また遠くからお勉強に来ている事も、二三回の読みで分つたぢやないか。が、解らない言葉はそのままにして置かずに、よく調べないといけない。語句の吟味だ。
<絵帷子>といふのは。模様のある夏の単衣のことで、麻などで出来ているから、とても涼しい。さうか、Lちやんのお母さんにもあつたのか。
<飛脚>は分かるだらう。昔の郵便やさんだ。
<候>は<さふらふ>をつづめていつたんだ。今はめつたに候文など書かないが、昔は十中の八九までがこれだつたのだ。殆ど全部といつてもいいかな。
<産土さま>は先祖の魂を祀つたお宮―鎮守さまだよ。氏神さまともいふな。大体おんなじ事だ。
<川開き>といふのは川涼みを始めるお祝で、隅田川のは萬治年間からといふから、徳川四代将軍家綱の頃で、凡そ二八〇年くらいになるかな。昔は陰暦の五月二十八日にきまつていたといふが、今は七月の下旬だね。Lちやんたちが花火を見さへすると、「玉やァ」とか「鍵やァ」と呼ぶ。あれは花火を作る店の名で、玉やは両国橋の上流であげ、鍵やは下流であげたといふ。店は今も栄えている。
<千字文>は漢字ばかり千字で出来た一つの詩で、支那の人が作つたものだ。昔は今のやうに小学校などなかつたから、浪人になつた侍や神主さんや、お坊さんやが家を構えて、子供たちに読み方・珠算習字―書方などを教えた。これが寺子屋だ。中で文字が主で、お手本には千字文などが用ひられたのだ。何しろ、東京駅のあたりは、明治の始めまで、草ぼうぼうの原つぱで、狐やむじなが棲んでいたといふから、まるで童話か何ぞのやうだな。
さてこれで一通りはすんだわけか。Lちゃんの学校にはお琴の時間があるさうだな。―こんな謡だが、町田嘉章先生に美しい曲を付けて頂いたから、いつか教はらないか。もしかしたら、先生に聴かせて頂くだけでもいいが。
【感想】
おそらく、不二は詩の読み方の手順を娘に語りかけるように示しているのだと思う。ほんの少し難しいと感じるものを与えることでさらなる成長を促すということはとても大切なことだと思う。楽譜も掲載されている。

音楽ソフトで再現してみました。↓
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