「百万円のばらの花」 水上不二 幼年クラブ 1949(昭和24)年五月号
キヘイじいさんは、花ずきでした。いろいろな花をあつめて、花の中にいました。うちのなかもそとも、花でいっぱいでした。
なかでもばらがだいすきで、きいろいばらや、むらさきのばらや、冬さくばらもありました。ほしい花なら なんでもあるから、王さまみたいに しあわせでした。冬の日も はちがくるから、風に おれいをいいました。
ところが、せんそうのとき、ばくだんで、うちがふっとばされてしまいました。たくさんの花が、お星のようにとびちって、のこらずもえてしまいました。火のついたばらをたすけようとして、右の手に やけどをしました。
そこへ、ひとりむすこのキイチが せん死したという しらせがきました。
なんということでしょう。―――やけあとの はいのなかで、キヘイじいさんは なきました。
ねるところがなくなったから、やけトタンをあつめて、うちをつくりました。どうぐがちっともなくなったから、なべや せんめんきをこしらえました。ミルクのかんで、おゆをわかしました。
もとのような花のいえにしたいと おもいました。
キヘイじいさんは、工場へいって、おそうじをしてはたらきました。はたらくと、おかねができました。
ていしゃばのまえで、金ボタンのがくせいさんから たからくじを一まい かいました。
413121番です。うまくあたれば、百万円です。
ひとくちに百万円といっても、それはたいへんなおかねです。
りっぱなおうちがたてられます。えいがも しばいもみられます。どこへでも、すきなところへいかれます。それよりも、なによりも、だいすきな花を、いっぱいかうことができます。花ずくしのいえを また つくることができます。
「あたりますように……。」
キヘイじいさんは、たからくじをおがみました。
―――413121番。
あたりました。たった一まいのたからくじが、まんまとキヘイじいさんにあたりました。
百万円です。―――キヘイじいさんはよろこびました。おもわず にっこりしました。
しんぶんに、しゃしんがのりました。
すると、そのばんでした。
「百万円出せ」
どろぼうが はいってきました。くろいめがねをかけていました。
「百万円ほしいのか。」
「ほしい。」
「ほしければ」 やるが、ぎんこうにあずけてあるから、あした おいで。」
「ほんとうか。」
「ほんとうとも…。なんで、うそをいうものか。」
「では、あしたくるぞ。きっと……。」
どろぼうは でていきました。
あくる日、キヘイじいさんは、どこへもいかないで、どろぼうをまっていました。
が、日ぐれになっても やってきません。
「あんなにかたく やくそくしていったのに。どうしたんだろう。――つかまったかな。」
キヘイじいさんは、くびをかしげました。
すると、よふけにやってきました。でも、それは、ゆうべのどろぼうではありません。青いめがねをかけていました。
「だめ、だめ。――ゆうべ、くろいめがねのどろぼうに やることにきめてしまったから……。」
「ほんとうか。」
「ほんとうとも……。なんで、うそをいうものか。」
「しくじった。ゆうべのうちに くればよかったな。」
青いめがねの どろぼうは、あたまをかいて でていきました。
さて、くろいめがねのどろぼうは、そのあくる日もあくる日も、三日まってもきません。もう、きょうは四日めです。
「こんやあたり、ひょっこりと、くるかもしれない。ぎんこうからおかねをもらってきておこう。」
キヘイじいさんはでかけました。町かどを三つまがって、大通りへでました。
すると、花やのまどに、ばらの花がかざってありました。これまで見たことのないほど みごとな白ばらでした。
ボール紙に、ねだんがかいてありました。
――このばら 百万円。
ほうと、みんなは目をまるくしました。が、キヘイじいさんは、おどろきません。とてもなんとも 気にいって、百万円でも高くないと おもいました。どうにも ほしくてたまらなくなりました。
でも、百万円は、どろぼうのものでした。やるとやくそくしたからには、あいてがたとえ どろぼうでも、一銭でも つかってはなりませんでした。――うらめしそうに花やをでました。
キヘイじいさんは、ぎんこうから おかねを うけとってきました。――百万円です。うんとこしょと しょってきました。
見るとほしくなるから、ばらを見まいとおもいました。目をつぶって、そっぽをむいて、とっとっと、花やのまえをかけました。
「あっ。」
キヘイじいさんは、何かに けつまずきました。けつまずいて ころびました。
そうして、むっくりとおきあがったときには、キヘイじいさんの目は、ぴったりと、ばらの花にすいつけられていました。
「このばらをおくれ。」
ふろしきづつみをを、どっしりと、店さきへおろしました。
百万円のばらの花です。なんとも みごとな白ばらです。キヘイじいさんは、しっかりと はちをかかえて、うちへかえりました。ごはんをたべるのもわすれて、うっとりと みとれていました。
そこへ、どろぼうがやってきました。きょうは、百万円をもらうのです。くろいめがねをポケットにかくしました。そうっと キヘイじいさんの そばへいきました。
が、その白いばらをひとめ見ると、まるで、ひかりにでも うたれたように、百万円のことなんか、すっかりわすれてしまいました。キヘイじいさんのうしろにたったまま、いつまでもばらにみとれていました。
すると、ふしぎでした。いつのまにか、どろぼうが どろぼうでなくなっていました。うまれかわったように、もとの りっぱなにんげんになっていました。ふと、きがついて さぐってみると、くろいめがねが、ポケットからきえてなくなっていました。(おわり)
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